ROEROE|ロロの薬草店

第3話 カラスとフクロウのミント漬け

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第3話

カラスとフクロウのミント漬け

迷い鳥の森に夏がやってきました。

太陽の光を浴びて葉は青々と茂り、エゴノキや夏椿が白い花を咲かせて森を彩り、冬の間は真っ赤だった木苺が熟して深い紫色に変色しています。落ち葉と土、若い芽たちが思い出したように、まだ小さな葉っぱを落ち葉の合間から広げて精一杯背伸びをしています。

今年の夏は大変せっかちで、長い雨の時期もなく、いきなり本腰を入れて日差しを強めたため、植物たちも動物たちも急いで夏の準備をしていました。

もちろん、急いで夏支度をしている動物のなかに、フクロウのロロさんも含まれています。

ロロさんは今朝からお洋服の衣替えを始め、長い間お世話になった厚手の生地の服を次々と倉庫に閉まっていきました。代わりにリネンやコットンで作られた軽くて薄手の洋服を引っ張り出し、しばらく物干し竿に吊るして日光浴をさせました。久々に太陽の光を浴びてどの洋服も息を吹き返したようです。

お昼前になると畑へ移動して、収穫時の野菜やハーブをかごいっぱいに入れて、小川の流水で冷やしたり、瓶に詰めたり、乾燥させるものは小束にして窓辺に吊るしたりしていました。

おまけに、クッションのカバーをコーデュロイのものから斜子織りのものに替えているロロさんを、客人のリーベはぐったりとしながら眺めていました。よく働くフクロウだ、と呆れ半分感心半分の眼差しをもろともせず、ロロさんはひたすら夏の支度を進めているのでした。

カラスのリーベは定期的にロロさんの家にお邪魔して、数日泊まるとすぐに新しい配達先へ飛び立ってしまいます。仕事はいつだってどこだってあるのでしょう。ほとんどの時期、リーベは長期滞在せずさっさと新しい仕入れ先へ、配達先へ飛び立ちますが、一気に気温が上がってからはなかなか羽を広げる気になれません。本来なら今日にでも飛び立ってお客さまの元へ向かうつもりでしたが、今朝は朝から頭が重く、ぐったりとしています。

そんなリーベとは対照的に、ロロさんは夏の気配を感じてますます元気になっているようです。普段穏やかで銅像のように動きもしないロロさんに慣れきっているリーベは動き回るロロさんにすっかり気圧されていました。

「オレ…夏は嫌いさ」

窓辺のベンチに横たわってリーベは自分のかぎ爪を見つめながら言いました。

「おや、どうしてですか?」

どうせ聞こえないだろう、と思っていたリーベは意外にもロロさんが自分の声を拾ったことに驚きました。そしてそのまま、うんざりとした声色で続けます。

「暑いのが苦手だからだよ。ちくしょう。寒い時期はこの分厚い羽根が随分と役に立つが、こうも暑いとダメだなぁ…。いっそのこと、全部の羽根をむしりたくなっちまうよ」

リーベは口を開けて、呼吸を早めました。親もほかのカラスの仲間たちもみんな暑い時はこうやって口を開いて呼吸を早めて熱を逃すのです。しかし、今のリーベにはちっとも効き目がないようです。疲れた…とさっきよりも余計にぐったりしてベンチに倒れました。


「リーベがこんなに弱ってしまうなんて、珍しいこともあるんですね」

一通りやりたいことを終えて、ロロさんはエプロンをしたまま、横たわるリーベを見下ろしました。普段から警戒心の強いリーベは滅多に気の抜けたところは見せません。しかしどうでしょう、目の前のリーベは隙だらけです。

「もしかして…リーベ、あなたは夏バテを起こしているんじゃないですか?」

「夏バテ…? まだ夏は来たばかりだろう。そんなバテてしまうほどじゃ…」

「しかし、あなたがやってきた日はかなり日差しが強い日でしたよ? あなたは羽根が真っ黒ですから…あの天気で飛んできたなら、暑さにやられてしまうのも無理はありませんよ」

そうかなぁ…、とリーベは適当に返答しました。今は頭を使う力さえ惜しまれる、と言うように目を瞑っています。ロロさんはリーベの小さな頭に手を当てて熱を測り、羽根や嘴をじっくり観察しました。

「夏バテには栄養素の不足が大きく関係しているものです。いま夏バテに効果的な食べ物を用意しましょう。待っていてくださいね」

「オレ…今お腹は空いてないんだけど…」

リーベの小さな呟きはさっさと外へ出ていったロロさんの耳には入りませんでした。

ロロさんは、小川で冷やしていた野菜をとってくるとキッチンへ駆け込み、急いで料理を始めます。

カンカン!!ジャーージャー!パチパチ、ゴーゴー。カタカタ、シャキンシャキン、ジャリジャリ…。

キッチンからは楽団のような壮大な音が響いています。包丁とまな板が規則正しいリズムを奏で、手入れのされた包丁に切られる野菜たちが瑞々しいメロディーをたてていました。ロロさんは自信たっぷりの指揮者のように両手をあっちへこっちへ振り回しながら美味しいオーケストラを導きます。そうして、出来上がるとぐったりとしているリーベを引きずってダイニングテーブルに座らせ、目の前に夏野菜がたっぷり盛られた一品を突き出しました。

「ほら、食べてくださいリーベ。食べないと、体力もつきませんし、栄養も摂取できませんよ」

「でも…オレ、お腹が空いてないんだ」

「ふむ、では食べれるぶんだけ食べてください」

リーベは少し野菜を突いてくちばしに運ぶと、その後一切食べれなくなってしまいました。そんなリーベのためにロロさんは少し冷ましたミントティーを差し出します。

「残りは小川で冷やしておきますよ。これを飲んでしばらく横になっているといいでしょう」

爽やかで独特の香りのするミントティーをリーベは少しずつ飲みました。一口飲むたびに体から熱っぽさが放出されていくようです。リーベはおとなしくロロさんの提案に従って横になることにしました。


次の日もリーベは体調が悪く、ぐったりとしていました。

「やはり、夏バテですよ、リーベ」

ロロさんは客人用の寝室から出てきたリーベの顔色を見て言いました。

大変早起きなロロさんは早朝から庭の畑の世話をして、ハーブの様子を見て収穫や手入れが必要なものは手早く済ませ、朝食をすっかり食べ終えていました。今ではハーブティーを飲んで一息ついて、日差しが弱まるまで外には出ず、家の中で出来る作業を進めているところです。暖炉側に置いていた一人掛けのソファーを窓付近に移動させ、朝早くに積んできたヨモギとかやを編んで輪っかにしたものをいくつも作っています。このかやとヨモギで作られた輪っかは火をつけるとゆっくりと燃えて虫除けになるのです。

「…昨日は早く寝たはずなのに、全然疲れが取れている気がしないぜ」

「おや、では私がよく眠れるようにマッサージをしてあげますよ」

リーベが何か言う前にロロさんはさっさと作業を中断して片付けを始めてしまいました。異論を唱えようにもリーベは大きな声も出せず、そのまま今し方起き上がってきたベッドにタオルを敷いてうつ伏せに寝かされてしまいました。

「では、力を抜いて…ふん!」

「い、ででででででで!!いだいいだい!」

「リーベ、力を抜いてください、でないとマッサージの意味がありません」

「抜いてるっての!」

ロロさんのマッサージが終わるとリーベはぐったりとベッドに横になり、起きた時よりもずっと疲れた顔をしていました。



そして、次の日もリーベは疲れた顔をしていました。

一向に夏バテが良くならないようです。心配したロロさんはリーベに大量の夏野菜を勧め、キンキンに冷えたミントティーを出し、体調に関して質問を繰り返しました。連日の体調の悪さも合間って、軽い頭痛を感じていたリーベは滝のように止まらないロロさんの質問にすっかり機嫌を損ねていました。返事をするもんか、と心に決めて無視を決め込んでいます。そうすればロロさんもそのうち諦め流だろうと思ったのです。

しかし、それは逆効果でした。答えないリーベにロロさんは余計に心配を募らせました。まさか喋ることもできないほど体調が悪いのかもしれない…。そう思いロロさんはとうとうここは自然のパワーというものに頼るべきかもしれない、と意を決して提案を重ねました。

「リーベ、近くの小川で水浴びでもしましょうか? 体を冷やすのにはもってこいですよ」

「…」

「それとも、山にでも登りましょうか? 山頂は今もまだ涼しいですよ。森林浴をすればリラックスするものです」

「…」

「ああ、その前にもっと冷たいミントティーを飲みますか? 今朝、レモンも入れて…」

「ちょいと一人にしてくれないか!!」

リーベは大きな声でロロさんを遮りました。ロロさんは椅子の上に飛び上がる勢いで叫んだリーベに驚いてぎょっと大きな瞳を見開きます。止まらないロロさんに対して、先に堪忍袋が切れたのはリーベの方だったようです。顔をしかめながらリーベはそのまま寝室に戻って行きました。

パタン。

扉が閉まるとリーベはぐったりとしてベッドに横たわりました。そして、自己嫌悪に浸ります。せっかく泊めてもらっているのに、ひどいことを言ってしまった。それに、心配してくれていただけなのに。なんてことを言ってしまったんだろう。ああ、怒らせてしまっただろうか? 謝らないと。いやでも、あんなふうに構われたら嫌になってしまうのも当たり前だろう…。でも、無視をして心配させたのは自分だし。初めからしっかり言葉にしていればよかったんだ…。

はぁ…と大きな息を吐き出し、リーベは枕に顔を埋めました。

客人用の寝室には大きな素晴らしい窓があります。何気なく見上げたリーベはあることに気がつきました。

「カーテンが、衣替えされてる…」

それに、花瓶には紫陽花が挿され、そういえば掛け布団はリネンのブランケットになっています。ブランケットからは爽やかな洗剤の匂いがして、洗い立てであることがわかりました。おそらく、リーベがダイニングでぐったりとしている間にロロさんがささっと取り替えたのでしょう。

少しでも涼しくなるように、少しでも夏を楽しめるように、と趣向を凝らしたロロさんらしい夏支度です。こんなことにも気がつかなかったなんて…とリーベは自分自身に呆れてしまいました。とはいえやっぱりロロさんはやりすぎだと、リーベは気の利きすぎる友人に苦笑いを漏らしました。

先ほどまでの鬱々としていた気分は一体どこにいったのか…。日差しを受けて薄青の影を落とすカーテンが、リーベを爽やかな気持ちにさせるのか。はたまた、この手触りの良いリネンのブランケットがそうさせるのか。やはり、先ほど飲んだレモン入りのミントティーのおかげなのか。どれが理由かははっきりとわかりませんでした。

気持ちを切り替えて、リーベがリビングへ戻るとどこを探してもロロさんは見当たりませんでした。まさかひどく傷つけて家を出ていった? いや、そんなはずない。家が大好きな人だし…とリーベが首を傾げていると、庭から水の流れる音がしました。

リーベが庭へ出るとそこにはビニールプールいっぱいに水が張られていました。水を入れた張本人であるロロさんはミントをプールに浮かべています。

「あー…これは一体?」

「おや、もう起きてきたんですか? 昼食前に水遊びでもどうですか?」

「水遊び…?」

「ええ、少し遊べば気分も晴れるかと思いまして」

少し居心地悪そうにリーベは答えました。

「さっきは、すまない。ここのところ本調子じゃなくて、少し機嫌が悪くて」

「そのようですね。私もあなたに構いすぎて、すみません」

はは、と二人は呆れたように笑い合いました。「大の大人が、子どもみたいだ」というような乾いた笑い声でした。

それから二人は、まったく、やれやれ、仕方ない、といった様子でビニールプールに入り、水遊びを始めました。こればっかりは小さな子どものようにばちゃばちゃ、楽しげにはできませんでしたが、二人はぼんやりと黙ったまま水に浮かんでいました。

「…カラスとフクロウのミント漬けですね」

「そりゃあ体に悪そうだ」

二人の笑い声はしばらく続き、初夏の迷い鳥の森を明るく彩りました。

Profile
森野きつね | Kitune Morino
絵本作家。
1997年兵庫生まれ。東京世田谷区在住。国際基督教大学卒業。パーソナライズ絵本制作をするSTUDIO BÜKI株式会社で絵本の企画を行なっている。いつか森の魔女になりたい。

第3話

カラスとフクロウの
ミント漬け

迷い鳥の森に夏がやってきました。

太陽の光を浴びて葉は青々と茂り、エゴノキや夏椿が白い花を咲かせて森を彩り、冬の間は真っ赤だった木苺が熟して深い紫色に変色しています。落ち葉と土、若い芽たちが思い出したように、まだ小さな葉っぱを落ち葉の合間から広げて精一杯背伸びをしています。

今年の夏は大変せっかちで、長い雨の時期もなく、いきなり本腰を入れて日差しを強めたため、植物たちも動物たちも急いで夏の準備をしていました。
もちろん、急いで夏支度をしている動物のなかに、フクロウのロロさんも含まれています。

ロロさんは今朝からお洋服の衣替えを始め、長い間お世話になった厚手の生地の服を次々と倉庫に閉まっていきました。代わりにリネンやコットンで作られた軽くて薄手の洋服を引っ張り出し、しばらく物干し竿に吊るして日光浴をさせました。久々に太陽の光を浴びてどの洋服も息を吹き返したようです。

お昼前になると畑へ移動して、収穫時の野菜やハーブをかごいっぱいに入れて、小川の流水で冷やしたり、瓶に詰めたり、乾燥させるものは小束にして窓辺に吊るしたりしていました。

おまけに、クッションのカバーをコーデュロイのものから斜子織りのものに替えているロロさんを、客人のリーベはぐったりとしながら眺めていました。よく働くフクロウだ、と呆れ半分感心半分の眼差しをもろともせず、ロロさんはひたすら夏の支度を進めているのでした。

カラスのリーベは定期的にロロさんの家にお邪魔して、数日泊まるとすぐに新しい配達先へ飛び立ってしまいます。仕事はいつだってどこだってあるのでしょう。ほとんどの時期、リーベは長期滞在せずさっさと新しい仕入れ先へ、配達先へ飛び立ちますが、一気に気温が上がってからはなかなか羽を広げる気になれません。本来なら今日にでも飛び立ってお客さまの元へ向かうつもりでしたが、今朝は朝から頭が重く、ぐったりとしています。
そんなリーベとは対照的に、ロロさんは夏の気配を感じてますます元気になっているようです。普段穏やかで銅像のように動きもしないロロさんに慣れきっているリーベは動き回るロロさんにすっかり気圧されていました。

「オレ…夏は嫌いさ」

窓辺のベンチに横たわってリーベは自分のかぎ爪を見つめながら言いました。

「おや、どうしてですか?」

どうせ聞こえないだろう、と思っていたリーベは意外にもロロさんが自分の声を拾ったことに驚きました。そしてそのまま、うんざりとした声色で続けます。

「暑いのが苦手だからだよ。ちくしょう。寒い時期はこの分厚い羽根が随分と役に立つが、こうも暑いとダメだなぁ…。いっそのこと、全部の羽根をむしりたくなっちまうよ」

リーベは口を開けて、呼吸を早めました。親もほかのカラスの仲間たちもみんな暑い時はこうやって口を開いて呼吸を早めて熱を逃すのです。しかし、今のリーベにはちっとも効き目がないようです。疲れた…とさっきよりも余計にぐったりしてベンチに倒れました。

「リーベがこんなに弱ってしまうなんて、珍しいこともあるんですね」

一通りやりたいことを終えて、ロロさんはエプロンをしたまま、横たわるリーベを見下ろしました。普段から警戒心の強いリーベは滅多に気の抜けたところは見せません。しかしどうでしょう、目の前のリーベは隙だらけです。

「もしかして…リーベ、あなたは夏バテを起こしているんじゃないですか?」
「夏バテ…? まだ夏は来たばかりだろう。そんなバテてしまうほどじゃ…」
「しかし、あなたがやってきた日はかなり日差しが強い日でしたよ? あなたは羽根が真っ黒ですから…あの天気で飛んできたなら、暑さにやられてしまうのも無理はありませんよ」

そうかなぁ…、とリーベは適当に返答しました。今は頭を使う力さえ惜しまれる、と言うように目を瞑っています。ロロさんはリーベの小さな頭に手を当てて熱を測り、羽根や嘴をじっくり観察しました。

「夏バテには栄養素の不足が大きく関係しているものです。いま夏バテに効果的な食べ物を用意しましょう。待っていてくださいね」
「オレ…今お腹は空いてないんだけど…」

リーベの小さな呟きはさっさと外へ出ていったロロさんの耳には入りませんでした。

ロロさんは、小川で冷やしていた野菜をとってくるとキッチンへ駆け込み、急いで料理を始めます。

カンカン!!ジャーージャー!パチパチ、ゴーゴー。カタカタ、シャキンシャキン、ジャリジャリ…。

キッチンからは楽団のような壮大な音が響いています。包丁とまな板が規則正しいリズムを奏で、手入れのされた包丁に切られる野菜たちが瑞々しいメロディーをたてていました。ロロさんは自信たっぷりの指揮者のように両手をあっちへこっちへ振り回しながら美味しいオーケストラを導きます。そうして、出来上がるとぐったりとしているリーベを引きずってダイニングテーブルに座らせ、目の前に夏野菜がたっぷり盛られた一品を突き出しました。

「ほら、食べてくださいリーベ。食べないと、体力もつきませんし、栄養も摂取できませんよ」
「でも…オレ、お腹が空いてないんだ」
「ふむ、では食べれるぶんだけ食べてください」

リーベは少し野菜を突いてくちばしに運ぶと、その後一切食べれなくなってしまいました。そんなリーベのためにロロさんは少し冷ましたミントティーを差し出します。

「残りは小川で冷やしておきますよ。これを飲んでしばらく横になっているといいでしょう」

爽やかで独特の香りのするミントティーをリーベは少しずつ飲みました。一口飲むたびに体から熱っぽさが放出されていくようです。リーベはおとなしくロロさんの提案に従って横になることにしました。

次の日もリーベは体調が悪く、ぐったりとしていました。

「やはり、夏バテですよ、リーベ」

ロロさんは客人用の寝室から出てきたリーベの顔色を見て言いました。

大変早起きなロロさんは早朝から庭の畑の世話をして、ハーブの様子を見て収穫や手入れが必要なものは手早く済ませ、朝食をすっかり食べ終えていました。今ではハーブティーを飲んで一息ついて、日差しが弱まるまで外には出ず、家の中で出来る作業を進めているところです。暖炉側に置いていた一人掛けのソファーを窓付近に移動させ、朝早くに積んできたヨモギとかやを編んで輪っかにしたものをいくつも作っています。このかやとヨモギで作られた輪っかは火をつけるとゆっくりと燃えて虫除けになるのです。

「…昨日は早く寝たはずなのに、全然疲れが取れている気がしないぜ」

「おや、では私がよく眠れるようにマッサージをしてあげますよ」

リーベが何か言う前にロロさんはさっさと作業を中断して片付けを始めてしまいました。異論を唱えようにもリーベは大きな声も出せず、そのまま今し方起き上がってきたベッドにタオルを敷いてうつ伏せに寝かされてしまいました。

「では、力を抜いて…ふん!」

「い、ででででででで!!いだいいだい!」

「リーベ、力を抜いてください、でないとマッサージの意味がありません」

「抜いてるっての!」

ロロさんのマッサージが終わるとリーベはぐったりとベッドに横になり、起きた時よりもずっと疲れた顔をしていました。

そして、次の日もリーベは疲れた顔をしていました。

一向に夏バテが良くならないようです。心配したロロさんはリーベに大量の夏野菜を勧め、キンキンに冷えたミントティーを出し、体調に関して質問を繰り返しました。連日の体調の悪さも合間って、軽い頭痛を感じていたリーベは滝のように止まらないロロさんの質問にすっかり機嫌を損ねていました。返事をするもんか、と心に決めて無視を決め込んでいます。そうすればロロさんもそのうち諦め流だろうと思ったのです。

しかし、それは逆効果でした。答えないリーベにロロさんは余計に心配を募らせました。まさか喋ることもできないほど体調が悪いのかもしれない…。そう思いロロさんはとうとうここは自然のパワーというものに頼るべきかもしれない、と意を決して提案を重ねました。

「リーベ、近くの小川で水浴びでもしましょうか? 体を冷やすのにはもってこいですよ」

「…」

「それとも、山にでも登りましょうか? 山頂は今もまだ涼しいですよ。森林浴をすればリラックスするものです」

「…」

「ああ、その前にもっと冷たいミントティーを飲みますか? 今朝、レモンも入れて…」

「ちょいと一人にしてくれないか!!」

リーベは大きな声でロロさんを遮りました。ロロさんは椅子の上に飛び上がる勢いで叫んだリーベに驚いてぎょっと大きな瞳を見開きます。止まらないロロさんに対して、先に堪忍袋が切れたのはリーベの方だったようです。顔をしかめながらリーベはそのまま寝室に戻って行きました。

パタン。

扉が閉まるとリーベはぐったりとしてベッドに横たわりました。そして、自己嫌悪に浸ります。せっかく泊めてもらっているのに、ひどいことを言ってしまった。それに、心配してくれていただけなのに。なんてことを言ってしまったんだろう。ああ、怒らせてしまっただろうか? 謝らないと。いやでも、あんなふうに構われたら嫌になってしまうのも当たり前だろう…。でも、無視をして心配させたのは自分だし。初めからしっかり言葉にしていればよかったんだ…。

はぁ…と大きな息を吐き出し、リーベは枕に顔を埋めました。

客人用の寝室には大きな素晴らしい窓があります。何気なく見上げたリーベはあることに気がつきました。

「カーテンが、衣替えされてる…」

それに、花瓶には紫陽花が挿され、そういえば掛け布団はリネンのブランケットになっています。ブランケットからは爽やかな洗剤の匂いがして、洗い立てであることがわかりました。おそらく、リーベがダイニングでぐったりとしている間にロロさんがささっと取り替えたのでしょう。

少しでも涼しくなるように、少しでも夏を楽しめるように、と趣向を凝らしたロロさんらしい夏支度です。こんなことにも気がつかなかったなんて…とリーベは自分自身に呆れてしまいました。とはいえやっぱりロロさんはやりすぎだと、リーベは気の利きすぎる友人に苦笑いを漏らしました。

先ほどまでの鬱々としていた気分は一体どこにいったのか…。日差しを受けて薄青の影を落とすカーテンが、リーベを爽やかな気持ちにさせるのか。はたまた、この手触りの良いリネンのブランケットがそうさせるのか。やはり、先ほど飲んだレモン入りのミントティーのおかげなのか。どれが理由かははっきりとわかりませんでした。

気持ちを切り替えて、リーベがリビングへ戻るとどこを探してもロロさんは見当たりませんでした。まさかひどく傷つけて家を出ていった? いや、そんなはずない。家が大好きな人だし…とリーベが首を傾げていると、庭から水の流れる音がしました。

リーベが庭へ出るとそこにはビニールプールいっぱいに水が張られていました。水を入れた張本人であるロロさんはミントをプールに浮かべています。

「あー…これは一体?」

「おや、もう起きてきたんですか? 昼食前に水遊びでもどうですか?」

「水遊び…?」

「ええ、少し遊べば気分も晴れるかと思いまして」

少し居心地悪そうにリーベは答えました。

「さっきは、すまない。ここのところ本調子じゃなくて、少し機嫌が悪くて」

「そのようですね。私もあなたに構いすぎて、すみません」

はは、と二人は呆れたように笑い合いました。「大の大人が、子どもみたいだ」というような乾いた笑い声でした。

それから二人は、まったく、やれやれ、仕方ない、といった様子でビニールプールに入り、水遊びを始めました。こればっかりは小さな子どものようにばちゃばちゃ、楽しげにはできませんでしたが、二人はぼんやりと黙ったまま水に浮かんでいました。

「…カラスとフクロウのミント漬けですね」

「そりゃあ体に悪そうだ」

二人の笑い声はしばらく続き、初夏の迷い鳥の森を明るく彩りました。

Profile
森野きつね | Kitune Morino
絵本作家。
1997年兵庫生まれ。東京世田谷区在住。国際基督教大学卒業。パーソナライズ絵本制作をするSTUDIO BÜKI株式会社で絵本の企画を行なっている。いつか森の魔女になりたい。

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