ROEROE|ロロの薬草店

narrative-02_待春隣りとワインと待ち人

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第2話

待春隣りとワインと待ち人

春の兆しを感じる迷い鳥の森に足を踏み入れたリリーフを、南風が優しく迎え入れました。
背の高い木々たちが、さらさらと爽やかな音を立てています。
つい先週までは厚手のコートがなければ外へ出るのは難しい気温でしたが、もう薄手のトレンチコートでも少し暑いぐらいの気温になりました。

「ロロさんの家まであともう少しだわ。たしか…そう、あの大きな木の根を超えたらすぐだったはず」

リリーフはポケットに入れていた紙切れを取り出して、道を確認してから進みました。
以前来たときは真夜中近く、一度通ったはずの道ですが、昼の光の元で見るとすっかり容貌が違って見えました。迷い鳥の森は記憶の中よりも優しく、穏やかで、どこか森全体が足を踏み入れる動物を好奇心いっぱいに観察しているように感じます。
日差しはリリーフの行く道に木漏れ日を落とし、踏み固められた土の道を輝かせました。
数日前、リリーフはこの迷い鳥の森で迷子になりました。
運良く森の奥に小さなお家を見つけ、その家主であるフクロウのロロさんに道を聞くことができ、無事に家に帰れたのです。
リリーフはロロさんと別れる際に「必ずお礼をしますから」という約束をし、今日はその約束を律儀に守るためにやってきたのです。
ノイの街の美味しいワインを片手に進む森の道は穏やかでした。溢れんばかりの光が森中を満たして、一歩進むごとにリリーフは真っ白なスカートの先から光を吸い込んでいるように感じました。
しばらく歩くとすぐに目当ての家が見えました!三角の屋根、大きな煙突。
森に流れている流れの緩やかな川の真ん中にぽつんと取り残された小島の上に、そのお家は建っていました。
家の外壁には蔦が絡まり、あと数十年もすれば森と一体化してしまうような気さえするそんな出立ちです。
しかし、だからといって荒廃しているような雰囲気はなく、ワルツを踊っていたらいつの間にか家と森が絡まり合ってしまったというような風貌です。
素敵なお家だわ、とリリーフはうっとり見つめてしまいました

「おや、あなたは…以前お会いした迷子の白猫さんですね」

「はい、リリーフです!以前は本当にありがとうございました。今日はお礼のワインとお菓子を持ってきたんです」
しばらくお家を遠巻きに眺めていたら、裏庭からロロさんが現れました。
両手いっぱいに庭仕事の道具を持ち、頭には麦わら帽子まで。羽根にはところどころ土がついています。
そんなロロさんにリリーフは持ってきたバスケットを持ち上げて、中身が見やすいように傾けてあげました。街で一番人気のワインと今朝思い切って生地から作ったアップルパイです。
バスケットの中身を見るとロロさんは黒目がちな目をキラキラ輝かせてくれました。

「これはこれは…リリーフさん、大変良い時にきてくれましたね。今日は友人がこのワインにぴったりの物を持ってきてくれることになっているのです。もしよければ彼が到着するまでしばらく立ち寄っていただけませんか?」

「…いいんですか?」

リリーフは少し戸惑って問いかけました。森に迷った時もつい長居をしてしまったので、今日こそはすぐに立ち去ろうと思っていたのです。
ですが、ロロさんから立ち寄ってください、と提案されてしまいリリーフはしばらくロロさんの表情の読み取りにくい顔をじっと見つめました。しかし、やはりロロさんの真意はわかりません。
ーーーーもしかしたらただの社交辞令の可能性だってあるわ。でも、ここで断ってしまったら余計に失礼になるのかしら?
そんなふうにリリーフはしばらく自問自答しました。

「かまいませんよ。お時間があればぜひ。さぁ、どうぞ」

庭仕事の道具を片手にロロさんは足で玄関口を開けてくれました。
リリーフは慌ててロロさんを手伝うために木材でできた扉を押しやり、気が付けばあっという間にロロさんの家の中に居ました。

「その方はいついらっしゃるんですか?」

「遅くはならないと言っていたので、もうそろそろでしょう」

まぁ、そんな曖昧な言葉。リリーフはちょっとだけ、ロロさんの鷹揚とした立ち振る舞いに呆れてしまいました。それと同時に、いつも時間ばかり気にかけている自分はなんてせせこましいんだろう、と恥ずかしくなりました。
以前リリーフが夜に来たときは暖炉の炎にばかり目が行っていて、ロロさんの家の中がとっても明るくて、優しい雰囲気が漂っていることに気が付きませんでした。大きな窓からはたくさんの日の光が差し込んで、家の中が随分と広く見えました。

「さぁ、ハーブティーでも飲みましょう。今日はレモンバームが採れたてですよ。ほら、嗅いでごらんなさい」

ごく自然にロロさんはリリーフの鼻元に、レモンバームと呼んだ草を、手向けました。
レモンバームはリリーフの髭をくすぐり、さっぱりとしたレモンのような香りで胸をいっぱいにしてくれました。

ーーーー今日はロロさんを見習ってゆっくり過ごしてもいいかもしれない。
すっきりとしたハーブの香りを胸いっぱい吸い込んでいると自然とそう思うことができました。
ハーブティーを片手にロロさんとリリーフは随分と話しこんでしまいました。
どんな話をしたの?と聞かれたらうまくこたえられないような細々としたことや、リリーフの故郷、家族、ロロさんのことをぽつりぽつりと話していると、あっという間に太陽は高く高く昇っていました。

「ロロさん。もう随分と待った気がしますが、まだご友人はいらっしゃらないのですか?」

「おや、そういえばまだいらっしゃいませんね。仕方ありません彼は忙しい鳥ですからね」

その方は鳥なんだ、とリリーフは思いながら焦りも、苛立ちも見せないロロさんに関心しました。
リリーフなら約束をしたお友だちがいつまでたっても来なければカンカンになってしまうでしょう。
お友だちが遅れてきたその時にはうまく言葉を見つけられないけれど、家に帰ればいろんな言葉が溢れて「今度会ったら絶対に注意してやるんだから!」と意気込みます。
しかし、そのお友だちを目の前にするとリリーフは結局何も言うことができません。

ーーーー別にいいじゃない、時間なんて。ちょっと帰りが遅くなるだけよ。

そう自分に言い聞かせつつも、リリーフにはわかっていました。リリーフがカンカンに怒ってしまうのは「相手が予定よりも遅く来たこと」に対してではないのです。

「後回しにしてもかまわないと思われているぐらい、相手にとって自分はどうでもいい存在なんだ」と、相手の行動を通して感じてしまうから怒りがこみあげてくるのでした。

そんな風に怒っている自分は大変に惨めで、とてつもなく寂しく感じます。
話題が途絶えるとリリーフはまた気持ちが落ち込んでいくのでした。
そんなリリーフに気が付いたのかロロさんはおもむろに立ち上がり、広いテーブルの上にいくつもの小皿や乾燥させたハーブを用意し始めました。

「待っている間はいつも、ハーブの検品をしているんです。友人へ配るために、小分けにしてね。リリーフさんもいかがですか? 先日一緒に飲んだカモミールのハーブティーですよ」

「え、いいんですか?」

秤や小分けにするための茶色い小ぶりの紙袋で、あっという間に広いテーブルはもので溢れかえりました。ロロさんは丁寧にリリーフにハーブの検品の仕方を教えてくれます。
カサカサに乾いたハーブは少し力を入れただけで崩れてしまいそうで、リリーフは慎重に優しい手つきで作業を進めました。

「上手ですねリリーフさん。手先が器用だ」

時々こんな具合でロロさんが誉めてくれるのも相まってリリーフは大変集中して作業に取り組むことができました。

ーーーーーそうしていると太陽はあっという間に空のてっぺんから降り始めていました。

「ロロさん、あのご友人さんは大丈夫かしら? もう随分と待っているので、もしかしたらどこかで事故に遭ってしまったのかも?」昼間の強い日光が弱まり、少しずつ地面に落ちた影が柔らかく傾くころ。
リリーフは心配そうに空を見上げてロロさんに声を掛けました。ハーブの検品はとっくに終わり、リリーフたちは十個以上の小袋を包み終えたところでした。

「おや、そういえば…。事故ですか、近頃危ないですからね。春先は風が強くて、飛ぶのはむずかしいので」

ロロさんは暖炉でお湯を沸かしながら今思い出した、というような表情でリリーフに答えました。
窓の外では気まぐれで元気な風に纏わりつかれて北や南、西や東に傾いている草木が見えます。ざぁ!と大きな音を立てて、通り過ぎる風は森中の木々を騒がせ、一匹の大きな猫の毛並みのようにゆらゆら動いているのです。
こんな風の中吹き上げられた可哀そうな木の葉がなかなか地面にたどり着けず空中で頼りなさげにふらついています。リリーフにはその哀れな木の葉が、ロロさんの待ち人のように見えてしまい余計に心配になってしまいました。

「けれども、彼なら大丈夫です。なんたって優秀な運び鳥ですから」

ほほほ、と笑ってロロさんは温まったお湯をティーポットに移しました。レモンバームのハーブティーからはあの爽やかなレモンのにおいと、不思議と優しい甘い香りが漂っています。

「レモンバームは心を陽気にさせるといわれているんです。別に今日来なくたっていいんですよ。いつか来てくれれば。大事なのは時間をかけて会いにきてくれたということじゃないですか。時間なんて、大した問題ではありません」

窓の近くの椅子に座っていたリリーフにロロさんは淹れたてのハーブティーを渡しました。暖かい湯気からは草原を駆け抜けるそよ風のような陽気な香りがしました。

「もちろん、リリーフさんのご都合もあると思うので、今日中には到着してもらえればうれしいですがね」

「・・・今日はなんにも予定がないので、大丈夫ですよ」

リリーフはなんだか肩の力が抜けていくような心地になって、また窓を見遣りました。今度はあの宙を舞う木の葉が楽しそうに風と遊んでいるように思えます。

ーーーーカチカチ。

ーーーーーざぁーざぁー・・・。

鼻をくすぐるこれは・・・一体何の香りかしら? リリーフはぼんやりとまどろみの中で思いました。

まどろみ? どうしてまどろんでいるんだろう・・・確か今日は・・・ロロさんのお家に・・・。

「わぁ!たいへん!」

がばり!と起き上がった所為でリリーフに掛けられていた毛布が地面に音を立てて落ちました。リリーフは座り心地のいい一人掛けのソファでついうっかり眠ってしまっていたのでした。慌てて周囲を見渡すとすぐそばの一人掛けのソファでロロさんも眠っています。リリーフとロロさんはうっかり眠っていたようです。
太陽はすっかり傾いて、空は夕暮れ色に染まっています。

「ロロさん起きてください、もうすっかり夕暮れですよ。きっとご友人は今日いらっしゃらないわ」
ぐっすり眠っているロロさんの肩を恐る恐る揺すりながらリリーフは告げました。ロロさんは少し唸りましたが目は閉じ切ったままで、リリーフが揺すり続けなければすぐにでも夢の国に戻ってしまいそうです。

ーーーーーカァカァ!!

すっかり夕暮れ色に染まった空から聞きなれない鳴き声がします。その声を聞くと目を閉じて昼寝をしていたロロさんが飛び起きました。

「きました!!きました!」

そういうとリリーフもびっくりするようなスピードで外へ出ていき、待ちくたびれた友人を外まで迎えにいきました。

「やぁ、すっかり遅れちまった。今日は迎い風が強くて落ち着くまでしばらく様子を見ていたんだ。待たせてわるかったなぁ、ロロさん」

しゃがれた声がロロさんに息荒く告げます。一足遅れでロロさんを追って外に出たリリーフは大きな荷物を抱えたカラスがロロさんに迎えられているのを見つけました。「このカラスがロロさんのご友人なのね」とリリーフはカラスを観察しました。

「ほら、ロロさん。お待ちかねのチーズと、クラッカーと・・・あちらのお嬢さんは?」

「リリーフさんです。一緒にリーベが来るのを待っていたのですよ。リリーフさんが素敵なワインを持ってきてくれたので、三人でこのチーズをおつまみに飲みましょう。さぁ、家の中へ。長旅で翼が疲れているでしょう」

「俺は知らない人と酒を飲むのは・・・ちょっと!押さないでくれよ!勘弁してくれよぉ」

真っ黒なカラスはリーベというようです。カラスらしく警戒心の強いリーベはリリーフの存在に少し気後れして一刻も早く飛び立とうとしていましたが、ロロさんが背中を押して家へ導くのでその退路はたたれてしまったのです。リーベは翼を折りたたんでこじんまりとしてリリーフの前を通り過ぎてリビングへ押されていきました。その際律儀にも頭を下げてきたので、リリーフも相手にならってぺこりと頭を下げました。可哀想なリーベはロロさんの手でダイニングテーブルの椅子の一つに座らせられると、有無を言わせずワインをグラスに注がれています。

「さぁ!素晴らしい1日をお祝いして…乾杯しましょう」

そのあとのロロさんの喜びようと言ったら、とても書き記すことはできません。

Profile
森野きつね | Kitune Morino
絵本作家。
1997年兵庫生まれ。東京世田谷区在住。国際基督教大学卒業。パーソナライズ絵本制作をするSTUDIO BÜKI株式会社で絵本の企画を行なっている。いつか森の魔女になりたい。

第2話

春隣りとワインと待ち人

春の兆しを感じる迷い鳥の森に足を踏み入れたリリーフを、南風が優しく迎え入れました。
背の高い木々たちが、さらさらと爽やかな音を立てています。
つい先週までは厚手のコートがなければ外へ出るのは難しい気温でしたが、もう薄手のトレンチコートでも少し暑いぐらいの気温になりました。

「ロロさんの家まであともう少しだわ。たしか…そう、あの大きな木の根を超えたらすぐだったはず」

リリーフはポケットに入れていた紙切れを取り出して、道を確認してから進みました。
以前来たときは真夜中近く、一度通ったはずの道ですが、昼の光の元で見るとすっかり容貌が違って見えました。迷い鳥の森は記憶の中よりも優しく、穏やかで、どこか森全体が足を踏み入れる動物を好奇心いっぱいに観察しているように感じます。
日差しはリリーフの行く道に木漏れ日を落とし、踏み固められた土の道を輝かせました。
数日前、リリーフはこの迷い鳥の森で迷子になりました。
運良く森の奥に小さなお家を見つけ、その家主であるフクロウのロロさんに道を聞くことができ、無事に家に帰れたのです。
リリーフはロロさんと別れる際に「必ずお礼をしますから」という約束をし、今日はその約束を律儀に守るためにやってきたのです。
ノイの街の美味しいワインを片手に進む森の道は穏やかでした。溢れんばかりの光が森中を満たして、一歩進むごとにリリーフは真っ白なスカートの先から光を吸い込んでいるように感じました。
しばらく歩くとすぐに目当ての家が見えました!三角の屋根、大きな煙突。
森に流れている流れの緩やかな川の真ん中にぽつんと取り残された小島の上に、そのお家は建っていました。
家の外壁には蔦が絡まり、あと数十年もすれば森と一体化してしまうような気さえするそんな出立ちです。
しかし、だからといって荒廃しているような雰囲気はなく、ワルツを踊っていたらいつの間にか家と森が絡まり合ってしまったというような風貌です。
素敵なお家だわ、とリリーフはうっとり見つめてしまいました

「おや、あなたは…以前お会いした迷子の白猫さんですね」

「はい、リリーフです!以前は本当にありがとうございました。今日はお礼のワインとお菓子を持ってきたんです」
しばらくお家を遠巻きに眺めていたら、裏庭からロロさんが現れました。
両手いっぱいに庭仕事の道具を持ち、頭には麦わら帽子まで。羽根にはところどころ土がついています。
そんなロロさんにリリーフは持ってきたバスケットを持ち上げて、中身が見やすいように傾けてあげました。街で一番人気のワインと今朝思い切って生地から作ったアップルパイです。
バスケットの中身を見るとロロさんは黒目がちな目をキラキラ輝かせてくれました。

「これはこれは…リリーフさん、大変良い時にきてくれましたね。今日は友人がこのワインにぴったりの物を持ってきてくれることになっているのです。もしよければ彼が到着するまでしばらく立ち寄っていただけませんか?」

「…いいんですか?」

リリーフは少し戸惑って問いかけました。森に迷った時もつい長居をしてしまったので、今日こそはすぐに立ち去ろうと思っていたのです。
ですが、ロロさんから立ち寄ってください、と提案されてしまいリリーフはしばらくロロさんの表情の読み取りにくい顔をじっと見つめました。しかし、やはりロロさんの真意はわかりません。
ーーーーもしかしたらただの社交辞令の可能性だってあるわ。でも、ここで断ってしまったら余計に失礼になるのかしら?
そんなふうにリリーフはしばらく自問自答しました。

「かまいませんよ。お時間があればぜひ。さぁ、どうぞ」

庭仕事の道具を片手にロロさんは足で玄関口を開けてくれました。
リリーフは慌ててロロさんを手伝うために木材でできた扉を押しやり、気が付けばあっという間にロロさんの家の中に居ました。

「その方はいついらっしゃるんですか?」

「遅くはならないと言っていたので、もうそろそろでしょう」

まぁ、そんな曖昧な言葉。リリーフはちょっとだけ、ロロさんの鷹揚とした立ち振る舞いに呆れてしまいました。それと同時に、いつも時間ばかり気にかけている自分はなんてせせこましいんだろう、と恥ずかしくなりました。
以前リリーフが夜に来たときは暖炉の炎にばかり目が行っていて、ロロさんの家の中がとっても明るくて、優しい雰囲気が漂っていることに気が付きませんでした。大きな窓からはたくさんの日の光が差し込んで、家の中が随分と広く見えました。

「さぁ、ハーブティーでも飲みましょう。今日はレモンバームが採れたてですよ。ほら、嗅いでごらんなさい」

ごく自然にロロさんはリリーフの鼻元に、レモンバームと呼んだ草を、手向けました。
レモンバームはリリーフの髭をくすぐり、さっぱりとしたレモンのような香りで胸をいっぱいにしてくれました。

ーーーー今日はロロさんを見習ってゆっくり過ごしてもいいかもしれない。
すっきりとしたハーブの香りを胸いっぱい吸い込んでいると自然とそう思うことができました。
ハーブティーを片手にロロさんとリリーフは随分と話しこんでしまいました。
どんな話をしたの?と聞かれたらうまくこたえられないような細々としたことや、リリーフの故郷、家族、ロロさんのことをぽつりぽつりと話していると、あっという間に太陽は高く高く昇っていました。

「ロロさん。もう随分と待った気がしますが、まだご友人はいらっしゃらないのですか?」

「おや、そういえばまだいらっしゃいませんね。仕方ありません彼は忙しい鳥ですからね」

その方は鳥なんだ、とリリーフは思いながら焦りも、苛立ちも見せないロロさんに関心しました。
リリーフなら約束をしたお友だちがいつまでたっても来なければカンカンになってしまうでしょう。
お友だちが遅れてきたその時にはうまく言葉を見つけられないけれど、家に帰ればいろんな言葉が溢れて「今度会ったら絶対に注意してやるんだから!」と意気込みます。
しかし、そのお友だちを目の前にするとリリーフは結局何も言うことができません。

ーーーー別にいいじゃない、時間なんて。ちょっと帰りが遅くなるだけよ。

そう自分に言い聞かせつつも、リリーフにはわかっていました。リリーフがカンカンに怒ってしまうのは「相手が予定よりも遅く来たこと」に対してではないのです。

「後回しにしてもかまわないと思われているぐらい、相手にとって自分はどうでもいい存在なんだ」と、相手の行動を通して感じてしまうから怒りがこみあげてくるのでした。

そんな風に怒っている自分は大変に惨めで、とてつもなく寂しく感じます。
話題が途絶えるとリリーフはまた気持ちが落ち込んでいくのでした。
そんなリリーフに気が付いたのかロロさんはおもむろに立ち上がり、広いテーブルの上にいくつもの小皿や乾燥させたハーブを用意し始めました。

「待っている間はいつも、ハーブの検品をしているんです。友人へ配るために、小分けにしてね。リリーフさんもいかがですか? 先日一緒に飲んだカモミールのハーブティーですよ」

「え、いいんですか?」

秤や小分けにするための茶色い小ぶりの紙袋で、あっという間に広いテーブルはもので溢れかえりました。ロロさんは丁寧にリリーフにハーブの検品の仕方を教えてくれます。
カサカサに乾いたハーブは少し力を入れただけで崩れてしまいそうで、リリーフは慎重に優しい手つきで作業を進めました。

「上手ですねリリーフさん。手先が器用だ」

時々こんな具合でロロさんが誉めてくれるのも相まってリリーフは大変集中して作業に取り組むことができました。

ーーーーーそうしていると太陽はあっという間に空のてっぺんから降り始めていました。

「ロロさん、あのご友人さんは大丈夫かしら? もう随分と待っているので、もしかしたらどこかで事故に遭ってしまったのかも?」昼間の強い日光が弱まり、少しずつ地面に落ちた影が柔らかく傾くころ。
リリーフは心配そうに空を見上げてロロさんに声を掛けました。ハーブの検品はとっくに終わり、リリーフたちは十個以上の小袋を包み終えたところでした。

「おや、そういえば…。事故ですか、近頃危ないですからね。春先は風が強くて、飛ぶのはむずかしいので」

ロロさんは暖炉でお湯を沸かしながら今思い出した、というような表情でリリーフに答えました。
窓の外では気まぐれで元気な風に纏わりつかれて北や南、西や東に傾いている草木が見えます。ざぁ!と大きな音を立てて、通り過ぎる風は森中の木々を騒がせ、一匹の大きな猫の毛並みのようにゆらゆら動いているのです。
こんな風の中吹き上げられた可哀そうな木の葉がなかなか地面にたどり着けず空中で頼りなさげにふらついています。リリーフにはその哀れな木の葉が、ロロさんの待ち人のように見えてしまい余計に心配になってしまいました。

「けれども、彼なら大丈夫です。なんたって優秀な運び鳥ですから」

ほほほ、と笑ってロロさんは温まったお湯をティーポットに移しました。レモンバームのハーブティーからはあの爽やかなレモンのにおいと、不思議と優しい甘い香りが漂っています。

「レモンバームは心を陽気にさせるといわれているんです。別に今日来なくたっていいんですよ。いつか来てくれれば。大事なのは時間をかけて会いにきてくれたということじゃないですか。時間なんて、大した問題ではありません」

窓の近くの椅子に座っていたリリーフにロロさんは淹れたてのハーブティーを渡しました。暖かい湯気からは草原を駆け抜けるそよ風のような陽気な香りがしました。

「もちろん、リリーフさんのご都合もあると思うので、今日中には到着してもらえればうれしいですがね」

「・・・今日はなんにも予定がないので、大丈夫ですよ」

リリーフはなんだか肩の力が抜けていくような心地になって、また窓を見遣りました。今度はあの宙を舞う木の葉が楽しそうに風と遊んでいるように思えます。

ーーーーカチカチ。

ーーーーーざぁーざぁー・・・。

鼻をくすぐるこれは・・・一体何の香りかしら? リリーフはぼんやりとまどろみの中で思いました。

まどろみ? どうしてまどろんでいるんだろう・・・確か今日は・・・ロロさんのお家に・・・。

「わぁ!たいへん!」

がばり!と起き上がった所為でリリーフに掛けられていた毛布が地面に音を立てて落ちました。リリーフは座り心地のいい一人掛けのソファでついうっかり眠ってしまっていたのでした。慌てて周囲を見渡すとすぐそばの一人掛けのソファでロロさんも眠っています。リリーフとロロさんはうっかり眠っていたようです。
太陽はすっかり傾いて、空は夕暮れ色に染まっています。

「ロロさん起きてください、もうすっかり夕暮れですよ。きっとご友人は今日いらっしゃらないわ」
ぐっすり眠っているロロさんの肩を恐る恐る揺すりながらリリーフは告げました。ロロさんは少し唸りましたが目は閉じ切ったままで、リリーフが揺すり続けなければすぐにでも夢の国に戻ってしまいそうです。

ーーーーーカァカァ!!

すっかり夕暮れ色に染まった空から聞きなれない鳴き声がします。その声を聞くと目を閉じて昼寝をしていたロロさんが飛び起きました。

「きました!!きました!」

そういうとリリーフもびっくりするようなスピードで外へ出ていき、待ちくたびれた友人を外まで迎えにいきました。

「やぁ、すっかり遅れちまった。今日は迎い風が強くて落ち着くまでしばらく様子を見ていたんだ。待たせてわるかったなぁ、ロロさん」

しゃがれた声がロロさんに息荒く告げます。一足遅れでロロさんを追って外に出たリリーフは大きな荷物を抱えたカラスがロロさんに迎えられているのを見つけました。「このカラスがロロさんのご友人なのね」とリリーフはカラスを観察しました。

「ほら、ロロさん。お待ちかねのチーズと、クラッカーと・・・あちらのお嬢さんは?」

「リリーフさんです。一緒にリーベが来るのを待っていたのですよ。リリーフさんが素敵なワインを持ってきてくれたので、三人でこのチーズをおつまみに飲みましょう。さぁ、家の中へ。長旅で翼が疲れているでしょう」

「俺は知らない人と酒を飲むのは・・・ちょっと!押さないでくれよ!勘弁してくれよぉ」

真っ黒なカラスはリーベというようです。カラスらしく警戒心の強いリーベはリリーフの存在に少し気後れして一刻も早く飛び立とうとしていましたが、ロロさんが背中を押して家へ導くのでその退路はたたれてしまったのです。リーベは翼を折りたたんでこじんまりとしてリリーフの前を通り過ぎてリビングへ押されていきました。その際律儀にも頭を下げてきたので、リリーフも相手にならってぺこりと頭を下げました。可哀想なリーベはロロさんの手でダイニングテーブルの椅子の一つに座らせられると、有無を言わせずワインをグラスに注がれています。

「さぁ!素晴らしい1日をお祝いして…乾杯しましょう」

そのあとのロロさんの喜びようと言ったら、とても書き記すことはできません。

Profile
森野きつね | Kitune Morino
絵本作家。
1997年兵庫生まれ。東京世田谷区在住。国際基督教大学卒業。パーソナライズ絵本制作をするSTUDIO BÜKI株式会社で絵本の企画を行なっている。いつか森の魔女になりたい。

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