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第6話 恋のスパイスと肩こり

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第6話

恋のスパイスと肩こり

ガタガタ!

ビュービューと風の音がして、窓が軋んでいます。その音は、リリーフをなんとなく不安にさせました。窓からは冷気を感じて、リリーフはぶるっと震えてから毛布を体に巻きつけました。近頃、空気は一気に冷えてきて、風は強く、木々から木の葉を全部もぎ取ろうとするような強風が吹き荒れています。

こんな日は家にいるに限る…。そんなことをリリーフは休日の度に自分に言い聞かせていました。

気温が低い日が続き、早朝は床の冷たさに飛び跳ねてしまうような日もあるぐらい。その上、北風がビュービューと責め立てるように吹いていくので、外へ出るのも一苦労。強い風はリリーフからやる気も巻き上げていき、体の芯から冷え切ったリリーフを置き去りにしていきます。

ーーーーーせっかくの休日だし、どこかに行ってみようかな。

そう思っている時に限って、空は灰色。リリーフはあっさり出かける気力を手放していました。そんなわけで、近頃のリリーフはいつも自宅に引き篭って、毛布にくるまっているのでした。

平日は仕事。休日は自宅。

まったく動きもしない日々が続いているせいか、リリーフは肩に重たい鉛を乗せられたようなひどい肩こりに、連日悩まされていました。気がつけば、いつも頭が重くて、痛いような気さえしました。

ーーーーーー寒くなってきたから、気持ちが落ちてるのよ…。

季節の変わり目だから、季節の変わり目だから…。そうやって自分に言い聞かせて、体調不良や生活週間の悪さから目を逸らします。リリーフは寒さにはめっぽう弱くて、冬が近づくと毎日寒さに震えながら「早く冬終われ!」と思って過ごしていました。冬は冬で、楽しいイベントや遊びがあるはずなのに、それらを楽しむ余裕もないのです。

そんな自分が、やっぱり惨めに思いました。

ーーーーーーそもそも、こんな寒い時期に外に出るのは自然の摂理に反してるわ!

そんなことを思いながら、心の中で自分の怠惰さを責めたて、今年もリリーフは冬を迎えようとしていました。

そんな時に、ロロさんからお手紙が舞い込んできました。

”森の散歩へご招待。ぜひお友だちを連れてきてください”

週末にしっかりした予定がある。しかもロロさんに会える!

それだけでリリーフは自分が、少しだけ立派な人間になれた気がしました。

おかげで、いつもよりも晴れやかな気持ちで職場へ向かうことができます。その日も北風はビュービューと、強気に吹いては通行人たちを前のめりにさせました。いつもは、風に吹かれる度にやる気も気力もなくしてしまうリリーフでしたが、その日だけは乱暴にリリーフのスカーフやコートの裾を弄ぶ風に対して「まったくやんちゃなんだから」と、微笑むことができました。



いつもよりも穏やかな気持ちで出社してきたリリーフとは裏腹に、いつもより顔色の悪い猫がいました。

リリーフの同僚のキジトラ猫のシャーフです。

シャーフがのっそりと重たい足取りで出社してきたのをみて、リリーフは彼に声をかけました。

「おはようございます、シャーフさん。大丈夫ですか?なんだか顔色が悪いですよ」

「おはようございます。実は最近、肩こりがひどくて…なんだか頭痛もある気がして、はぁ……元気がでないんです」

シャーフは決して元気なタイプではなく、いつもおとなしい猫ですが、今日は一段と声にも表情にも元気がみられません。リリーフは心配になって、思わずシャーフの背中をさすってしまいました。そんなリリーフにシャーフはぴん!と、尻尾を張って体を硬直させてしまいました。あまりの距離の近さに照れてしまい、顔に赤みが差してきました。そんなシャーフにリリーフは「なんだか、本当につらそうだわ!熱もありそうだし…」と、心底心配していました。

職場では静かに、しかし注意深く丁寧な仕事をするシャーフに、いつもリリーフは助けられてきました。彼に何度自分のミスを救ってもらったかわかりません。そんな恩義を感じていたリリーフは、元気のないシャーフを見て、どうしてもなんとかしてあげたい!と、思っていました。

対して、シャーフといえば、同僚でちょっと可愛い白猫のリリーフが、いつも以上に自分に構うことにドギマギしていました。

どうして今日はこんなに僕をみてくるんだろう?僕なんか変かな?髭に今朝食べたミルクがついてるとか??歯に何か挟まってる?シャーフはいつも鏡も見ずに過ごしていますが、今日ほど鏡をチェックさせてくれ!と、思ったことはありません。

「あの…シャーフさん。今週末は何をなさっていますか?」

「え?!」

突然の質問にシャーフはギョッとして声をあげました。

その後、キョロキョロと挙動不審に周囲を見つめながらーーーまったくリリーフの目を見ずにーーー答えました。

「えっと・・・その・・・年末も近づいてきて、毎晩飲みに誘われたり、食事や接待があったり。でも最近は体がボロボロで…食欲もないし、元気もなくて・・・。だからその、はは、週末はずっと寝てるんだよね」

嘘をついても仕方ないし、かといって本当のことを言うのも…。だらしなくてダメな人間だと思われるかも・・・。そんな心配をしながらも、ちょうど良い返答も思いつかず、結局シャーフはあるがままに話してしまいました。言いながら、照れ笑いをして、自分の惨めでかっこ悪さに「ああーー!」と大声をあげそうになっています。

リリーフと目を合わせるのを恐れて、ひたすらに視線を逸らしていたシャーフは、リリーフの表情の変化には気づいていませんでした。

リリーフは妙に得意げな表情を浮かべてシャーフに言いました。

「じゃあ、今週末私にください!」

「え!」

ーーーーーーーー週末って、社外ってことだよな?え?それって、デート??え?デート??

シャーフの照れた表情を見てリリーフも自分の発言の大胆さに気がついて照れてしまいました。

「あの・・・その・・・」

何か弁解しようと言葉を繋ぎましたがうまく繋げられず、結局リリーフはその場にあった紙とペンで、ロロさんからもらっていた集合場所を書き残して、シャーフに押し付けました。

「ここに朝8時に集合です!遅れたらダメですからね!あと、なるべく歩きやすい靴できてください!」

そうして、リリーフは無理矢理シャーフから予定をもぎ取ったのでした。




その日は珍しく早朝から晴れた休日で、道中は晴れ間を楽しむ生き物で溢れていました。ピクニックをするカルガモとアヒル。キャッチボールをするうさぎたち。まだ朝の早い時間だというのに、外にはすでにたくさんの人がいました。みんな休日を楽しむために支度をして出てきたのだと一目でわかる、今日の1日に期待する穏やかな微笑を浮かべています。

シャーフは自分の唇にも同様の微笑みが浮かぶのを止められずにいました。

穏やかな気持ちのままシャーフは駅を目指す集団に背を向けて歩き始めました。

目指すのは迷いどりの森。森が近づいてくると2歩歩いて「リリーフさんは本当に来てるかな?」と疑念を抱き、3歩歩いて「休日のリリーフさんはどんな風なんだろう」と期待を抱きました。そんな様子でしたから、シャーフは待ち合わせの場所にたどり着く少し前からリリーフが自分の名前を呼んで手を振っているのに気が付きませんでした。ぼーっともらった手描きの地図を眺めているシャーフにしびれを切らし、リリーフが遠くから駆け寄ってくるのにも、思い耽るシャーフはもちろん気がつきませんでした。

「シャーフさん!!きてくれたんですね!よかったぁ…突然誘ってしまったから…」

「あ…いえ、とくに予定もなかったので」

待ち合わせ場所には、いつもオフィスで見るリリーフとは異なり、ラフな格好をしたリリーフがいました。「あぁ可愛いなぁ」と感嘆して、いつもの綺麗目な格好をしたリリーフとのギャップに多少胸をときめかせました。

けれども、リリーフの背後には2人を迎え入れる集団が立っていました。

ーーーーーーーーーーあ、2人きりじゃないんだ。

ということは、デートのお誘いなんかじゃなかったのか…。落胆と「そうだよな、わかっていたよ」という苦渋の思いが胸のうちにせめぎ合いましたが、シャーフは無理矢理笑顔を浮かべました。

「みなさん! 私の会社の同僚のシャーフさんです!」

ーーーーーーーーーーーそうだよな、僕たちはただの同僚なんだよな…。期待して…バカみたいだよ。

良い大人なので、顔に落胆は決して見せませんでしたが、落ち込んだ気持ちはシャーフの雰囲気に妙に哀愁を漂わせています。ウサギのルースは気を利かせて、シャーフを励ますように言いました。

「初めまして。リリーフさんの近所に住んでいるルースです。この子はコルベ」

「おはようございます!」

コルベの元気な挨拶がシャーフの緊張をほぐしたのか、シャーフはいつもより穏やかな笑顔で微笑んで2人に挨拶し、コルベの頭を撫でてあげました。それからコウモリのバーギアとカラスのリーベがいつものように完結で、さっぱりとした自己紹介をして、ロロさんがいつもの穏やかな雰囲気で今回の集まりの趣旨を説明します。

「せっかくなので、11月の森をみんなで散歩をしようと思いまして。初対面の人たちも多くて、緊張するかもしれませんが、自然を楽しんでリラックスしてくださいね」

「あ、は、はい。ありがとうございます」リリーフが嬉しそうに「会社の同僚」と紹介するのを聞いてシャーフは改めて自分とリリーフの距離感を把握しました。

身軽な参加者たちに反してロロさんはたくさんの荷物を抱えています。ただ森を散歩するだけなのに、どうしてこんなに荷物を持っているんだろう?と、思いながらもシャーフは荷物持ちを買って出ました。

「何か持ちますよ」

「おや、気が効きますね。どこかの誰かさんたちとは似ても似つきません」

「オレたちは客人だろうが」と、カラスのリーベは言い返します。

「オレが荷物持ちに役立つように見えるかぁ?こんなかでイッチバン小せぇんだぞ」

「シャーフさんだけが頼りです、頼みました」

「は、はい…」

そうしてシャーフはロロさんの荷物を一つ渡されてそれを背負いました。肩ひもを掛けるとずっしりと重みが肩にのしかかります。

背後を振り返るとリリーフはウサギのルースと話し込んでいるようです。男が一人ーーしかも会社のただの同僚ーーが割り込んでいける雰囲気ではありません。

シャーフは仕方なくロロさんの背を追いかけました。



ーーーーー荷物なんて代わりに持つんじゃなかった…。

森のお散歩が始まって数時間。シャーフはすっかり汗だくになっていました。

森の道は大した起伏もなければ、歩くのが困難な獣道というわけでもありません。けれども普段引きこもっているシャーフには、荷物を持って完璧に補正されていない森の道を歩くのは、かなりの運動だったのです。

振り返れば、ルースとリリーフは後方でのんびりと歩いています。子どものコルベの足並みに合わせているので、成人男性の半分の速度で歩いています。先頭にはロロさん。その背後にリーベとシャーフ。シャーフたちとリリーフたちの間をコウモリのバーギアがのんびりと歩いているため、集団が完全に分断されることはありません。シャーフもバーギアのように、自分に合ったペースで歩けばいいだけの話ですが、なんとなく集団から遅れてしまうのが怖くてシャーフは焦ってロロさんの背を追いかけてしまうのです。

はぁはぁと、肩で息をしている自分に気がついてシャーフは「やっぱオレってかっこわるいな」と思いました。身の程知らずにも可愛いリリーフがデートに誘ってくれたのだと期待して。少しでもいいところを見せようと、荷物持ちを請け負ったが、今は体力不足で自然を楽しむ余裕もない。

シャーフは自分が情けなくて、嫌になりました。

それに、知らない人たちと一緒に森を歩いているこの状況も、心底嫌でした。

ーーーーーこんなことなら、家にいればよかった。

家にいても、ダラダラと寝巻きで過ごすだけで、日曜日の夜には必ず罪悪感と焦燥感でいっぱいになるのですが、それでもその方がマシだな、と考えながらトボトボと歩いていると、前を歩いていたカラスのリーベが振り返り、シャーフの顔をじっと見ていました。

「お兄さん。あんた、悩み事でもあんのか?」

「え?な、なんでですか?」

「さっきから、しきりにため息こぼしてるじゃないか、おおげさに煩わしいため息をな」

「え!!!」

まったくの無意識だったシャーフは指摘されて驚いています。思わず自分の口に手を当てていると、リーベがさらに訝しげな視線を投げかけてきます。

「リーベ。こういうものは、相手が話したくなるまで待ってあげるものですよ」

「とは言っても……あからさまに落ち込んだ面して、このまま放置するのも可哀想ってもんだろ」

リーベの言い方に若干傷つきながらも、シャーフは申し訳なさそうに肩を丸めました。視線を逸らして眉を八の字にさせるシャーフに、今度はリーベが罪悪感を感じて「ああもう!」と声を上げて、飛び上がりシャーフの頬を鉤爪できゅっと摘みました。

「同僚には話にくいこともあるだろうとおもって、せっかく距離をとってやってんだ。なんでも話せって言ってんだよ!」

シャーフは摘まれて痛む頬を撫でながら、リーベの言葉を聞いて目を丸くしました。背後のリリーフたちを見やり、目前のロロさんと居心地悪そうなリーベを見て、少し泣きそうにさえなりました。

「ロロさんなんか、無駄に歳だけは積んでるんだ。いい話が聞けると思うぜ」

「一言余計ですよ、リーベ」

「僕は、昔から要領が良くなくて…仕事もできなければ、人間関係もうまくいかなくて…。いつも一生懸命やってるんですけど、労力に対して結果が見合わなくて。でも、真面目でいい人っていうのが僕の唯一のいいところだから…。その努力をやめることもできないし…」

頑張っても、できない。

無理をしても、結果につながらない。

シャーフは、飲み会も接待も大嫌いでした。

カラオケで何か歌えと取引先の部長にマイクを押し付けられても「音痴だから、歌っても場を盛り下げてしまうので…」と、断って相手に「つまらんやつだ!」と、怒られてしまうは、挙げ句の果てには、直属の上司から「なんのために同席してんの? これも仕事だぞ」なんて、きつい説教を受ける始末です。

シャーフからすれば、それは自分なりの思いやりでした。そんな思慮深さや真面目さも、”その場のノリ”という強い流れには歯が立たないのです。

ーーーーーーーーーーーそれに、結局女子が選ぶのは、堅実で真面目でいいやつじゃない。

シャーフは耳も尻尾もぺたりと伏せて、後方のリリーフをもう一度見つめます。バーギアに追いついたリリーフたちが、バーギアと談笑しているのを見ていると余計に落ち込んでしまいます。

「真面目なだけが取り柄なのに、何もかも中途半端で……ぱっとしない自分のことが、本当に嫌になるんです」

「シャーフさんって、見た目通りの根暗なんだな」

「…リーベさん、ひどいです」

「正直ものですからね、言葉を選べないんです、彼は」

ロロさんの一言でさらに落ち込んだシャーフを、カラスのリーベは慰めるように羽先で背中を撫でてやりました。「ロロさんが一番ひでぇ」と、呆れてロロさんを見つめますが、ロロさんはわかっているのかわかっていないのか無表情で2人を見下ろしています。

「う、うううう。でも、僕も…僕だって…!誰かに愛されたいし、誰かに優しくされたい…」

「げっ!泣くなよ!」

シャーフはうなだれてポロポロと涙をこぼしました。

何もかもうまくいかなくて、ひとりぼっちの自分。生活のあらゆる面で失敗を重ねるたびに、シャーフはこのまま自分は独り身のまま死んじゃうのかな?と、恐怖を感じました。それはとてつもなく、怖い感覚だったのです。だから、ちょっとした女の子の言動に浮き沈みして、自分本位な妄想を繰り広げてしまったりして、自分の想像と異なる現実を目の当たりにすると、優しくしてくれた女の子に対して少しだけ憎めしいと思ってしまう。

ーーーーーーーーそういう自分が一番気持ち悪くて嫌いだ。

「顔あげろよ。せっかく自然を見にきてるんだからさ」

俯くシャーフの額をリーベが羽の先でこつんと叩くと、シャーフは鼻をぐずぐずさせながら顔をあげました。

そしてあまりの明るさに驚き涙が引っ込みました。

目の前には黄金の世界が広がっています。

「やっぱり今年は冷え込むのが遅かったので、いつもより紅葉が遅れていますね。見てください、シャーフさん。ブナ林ですよ」

「今年もきれいだなぁ」

黄色に染まった鮮やかなブナの葉が広がっています。

ブナの葉は太陽の光を反射して、森全体を明るくしているようにさえシャーフは感じました。どんぐりの実をつけたミズナラや、小さな真っ赤な葉を生やしたウルシの葉は真っ黄色なブナ林の中でも目を引きました。

シャーフはゆっくりと深呼吸をしました。

土の匂いのする空気はシャーフの体内のモヤモヤとしたものを、押し出すように勢いよく入り込みます。

「ちょっとは、気が晴れたか?」

「…たぶん」と、シャーフはブナ林を見つめながらリーベに返しました。

「まっ!かわいい女の子じゃなくて悪いが、オレはお前の生真面目なところ、嫌いじゃねェよ。」

「リーベさん・・・!」

「それに、そのとろいところがお前の”愛嬌”ってもんだろ。必死に隠そうとするから、カッコ悪いことになるんだろ」

「シャーフさんは、頑張りすぎですよ。ちょっとぐらいあなたが手を抜いても、誰も死にません。でもあなたがいっぱいいっぱいになって潰れてしまったら、悲しむ方がたくさんいますよ。私も悲しい。リーベなんて、涙に暮れるかもしれません」

「べつに泣かなねぇよ!」

ちょっとは、心配かもしれないけどな!と、リーベは言い返して、照れたようにわざとバサバサと音を立てて飛び上がりました。

「僕が仕事を突然やめても、誰も困らないんだよなぁ」

シャーフはそう独り言のように呟いて、足元に落ちていたドングリを拾い上げました。それは、綺麗なベレー帽を被った可愛らしいドングリです。

「え!困りますよ! シャーフさんが急にいなくなっちゃったら仕事が立ち行きません!」

「ええ!!」

振り返ればいつの間にか追いついていたリリーフたちが立っていました。

シャーフは照れて「ほ、ほんと!?」とうわずった声で確認し、それにリリーフは力強く「当たり前じゃないですか!」と返しました。



「いいころ合いですし、汗が乾いて冷えてもいけないので、チャイでも飲みますか」

少し開けた場所へ移動し、全員が追いついたところでロロさんが提案しました。

そして、ロロさんは持ってきた荷物をおろし、シャーフの荷物を受け取り、テキパキと焚き火を作り、大きなお鍋を火にかけました。そこでシャーフは自分が持っていた荷物が「牛乳」であることに気がつきました。

生姜、シナモン、カルダモン、クローブ、スターアニス、黒胡椒を水に入れ沸騰させ、紅茶葉を入れて煮出すと、牛乳を少しずつかき混ぜながら入れていきます。すると香ばしいスパイスの匂いがあたりに広がりました。

「美味しそうな匂いがする〜!」

ウサギの子、コルベがはしゃいだ声をあげて、ルースも「ほんとうねぇ」と優しく返事をしました。

一人一人にコップを手渡し、それぞれが持ち寄った昼食を広げると、そこはもう何かの宴のように華やかな場所になりました。

シャーフはルースの作ったサンドイッチを頬張り、ロロさんの作ったスパイスとハーブの効いたチャイをゆっくりと飲みました。チャイは体に入った瞬間、シャーフを温めてくれました。体の内側から温もりを感じて、シャーフは初めて肩の力が抜けたように感じました。

そんなシャーフを見てロロさんはクスリと、笑いました。

「体を動かして、だいぶん血液の循環がよくなったんじゃないですか? 今日は帰ったらきっとぐっすりですよ」

その言葉どおり、その晩シャーフは夢も見ないほどぐっすり眠ることができました。

同じように、リリーフもその日は冬の寒さに震えず、ベランダに出て頬を引き締める冷たい夜風にあたって美しい星空を眺めうっとりとしました。

Profile
森野きつね | Kitune Morino
絵本作家。
1997年兵庫生まれ。東京世田谷区在住。国際基督教大学卒業。パーソナライズ絵本制作をするSTUDIO BÜKI株式会社で絵本の企画を行なっている。いつか森の魔女になりたい。

第6話

恋のスパイスと肩こり

 

ガタガタ!

ビュービューと風の音がして、窓が軋んでいます。その音は、リリーフをなんとなく不安にさせました。窓からは冷気を感じて、リリーフはぶるっと震えてから毛布を体に巻きつけました。近頃、空気は一気に冷えてきて、風は強く、木々から木の葉を全部もぎ取ろうとするような強風が吹き荒れています。

こんな日は家にいるに限る…。そんなことをリリーフは休日の度に自分に言い聞かせていました。

気温が低い日が続き、早朝は床の冷たさに飛び跳ねてしまうような日もあるぐらい。その上、北風がビュービューと責め立てるように吹いていくので、外へ出るのも一苦労。強い風はリリーフからやる気も巻き上げていき、体の芯から冷え切ったリリーフを置き去りにしていきます。

ーーーーーせっかくの休日だし、どこかに行ってみようかな。

そう思っている時に限って、空は灰色。リリーフはあっさり出かける気力を手放していました。そんなわけで、近頃のリリーフはいつも自宅に引き篭って、毛布にくるまっているのでした。

平日は仕事。休日は自宅。

まったく動きもしない日々が続いているせいか、リリーフは肩に重たい鉛を乗せられたようなひどい肩こりに、連日悩まされていました。気がつけば、いつも頭が重くて、痛いような気さえしました。

ーーーーーー寒くなってきたから、気持ちが落ちてるのよ…。

季節の変わり目だから、季節の変わり目だから…。そうやって自分に言い聞かせて、体調不良や生活週間の悪さから目を逸らします。リリーフは寒さにはめっぽう弱くて、冬が近づくと毎日寒さに震えながら「早く冬終われ!」と思って過ごしていました。冬は冬で、楽しいイベントや遊びがあるはずなのに、それらを楽しむ余裕もないのです。

そんな自分が、やっぱり惨めに思いました。

ーーーーーーそもそも、こんな寒い時期に外に出るのは自然の摂理に反してるわ!

そんなことを思いながら、心の中で自分の怠惰さを責めたて、今年もリリーフは冬を迎えようとしていました。

そんな時に、ロロさんからお手紙が舞い込んできました。

”森の散歩へご招待。ぜひお友だちを連れてきてください”

週末にしっかりした予定がある。しかもロロさんに会える!

それだけでリリーフは自分が、少しだけ立派な人間になれた気がしました。

おかげで、いつもよりも晴れやかな気持ちで職場へ向かうことができます。その日も北風はビュービューと、強気に吹いては通行人たちを前のめりにさせました。いつもは、風に吹かれる度にやる気も気力もなくしてしまうリリーフでしたが、その日だけは乱暴にリリーフのスカーフやコートの裾を弄ぶ風に対して「まったくやんちゃなんだから」と、微笑むことができました。



いつもよりも穏やかな気持ちで出社してきたリリーフとは裏腹に、いつもより顔色の悪い猫がいました。

リリーフの同僚のキジトラ猫のシャーフです。

シャーフがのっそりと重たい足取りで出社してきたのをみて、リリーフは彼に声をかけました。

「おはようございます、シャーフさん。大丈夫ですか?なんだか顔色が悪いですよ」

「おはようございます。実は最近、肩こりがひどくて…なんだか頭痛もある気がして、はぁ……元気がでないんです」

シャーフは決して元気なタイプではなく、いつもおとなしい猫ですが、今日は一段と声にも表情にも元気がみられません。リリーフは心配になって、思わずシャーフの背中をさすってしまいました。そんなリリーフにシャーフはぴん!と、尻尾を張って体を硬直させてしまいました。あまりの距離の近さに照れてしまい、顔に赤みが差してきました。そんなシャーフにリリーフは「なんだか、本当につらそうだわ!熱もありそうだし…」と、心底心配していました。

職場では静かに、しかし注意深く丁寧な仕事をするシャーフに、いつもリリーフは助けられてきました。彼に何度自分のミスを救ってもらったかわかりません。そんな恩義を感じていたリリーフは、元気のないシャーフを見て、どうしてもなんとかしてあげたい!と、思っていました。

対して、シャーフといえば、同僚でちょっと可愛い白猫のリリーフが、いつも以上に自分に構うことにドギマギしていました。

どうして今日はこんなに僕をみてくるんだろう?僕なんか変かな?髭に今朝食べたミルクがついてるとか??歯に何か挟まってる?シャーフはいつも鏡も見ずに過ごしていますが、今日ほど鏡をチェックさせてくれ!と、思ったことはありません。

「あの…シャーフさん。今週末は何をなさっていますか?」

「え?!」

突然の質問にシャーフはギョッとして声をあげました。

その後、キョロキョロと挙動不審に周囲を見つめながらーーーまったくリリーフの目を見ずにーーー答えました。

「えっと・・・その・・・年末も近づいてきて、毎晩飲みに誘われたり、食事や接待があったり。でも最近は体がボロボロで…食欲もないし、元気もなくて・・・。だからその、はは、週末はずっと寝てるんだよね」

嘘をついても仕方ないし、かといって本当のことを言うのも…。だらしなくてダメな人間だと思われるかも・・・。そんな心配をしながらも、ちょうど良い返答も思いつかず、結局シャーフはあるがままに話してしまいました。言いながら、照れ笑いをして、自分の惨めでかっこ悪さに「ああーー!」と大声をあげそうになっています。

リリーフと目を合わせるのを恐れて、ひたすらに視線を逸らしていたシャーフは、リリーフの表情の変化には気づいていませんでした。

リリーフは妙に得意げな表情を浮かべてシャーフに言いました。

「じゃあ、今週末私にください!」

「え!」

ーーーーーーーー週末って、社外ってことだよな?え?それって、デート??え?デート??

シャーフの照れた表情を見てリリーフも自分の発言の大胆さに気がついて照れてしまいました。

「あの・・・その・・・」

何か弁解しようと言葉を繋ぎましたがうまく繋げられず、結局リリーフはその場にあった紙とペンで、ロロさんからもらっていた集合場所を書き残して、シャーフに押し付けました。

「ここに朝8時に集合です!遅れたらダメですからね!あと、なるべく歩きやすい靴できてください!」

そうして、リリーフは無理矢理シャーフから予定をもぎ取ったのでした。




その日は珍しく早朝から晴れた休日で、道中は晴れ間を楽しむ生き物で溢れていました。ピクニックをするカルガモとアヒル。キャッチボールをするうさぎたち。まだ朝の早い時間だというのに、外にはすでにたくさんの人がいました。みんな休日を楽しむために支度をして出てきたのだと一目でわかる、今日の1日に期待する穏やかな微笑を浮かべています。

シャーフは自分の唇にも同様の微笑みが浮かぶのを止められずにいました。

穏やかな気持ちのままシャーフは駅を目指す集団に背を向けて歩き始めました。

目指すのは迷いどりの森。森が近づいてくると2歩歩いて「リリーフさんは本当に来てるかな?」と疑念を抱き、3歩歩いて「休日のリリーフさんはどんな風なんだろう」と期待を抱きました。そんな様子でしたから、シャーフは待ち合わせの場所にたどり着く少し前からリリーフが自分の名前を呼んで手を振っているのに気が付きませんでした。ぼーっともらった手描きの地図を眺めているシャーフにしびれを切らし、リリーフが遠くから駆け寄ってくるのにも、思い耽るシャーフはもちろん気がつきませんでした。

「シャーフさん!!きてくれたんですね!よかったぁ…突然誘ってしまったから…」

「あ…いえ、とくに予定もなかったので」

待ち合わせ場所には、いつもオフィスで見るリリーフとは異なり、ラフな格好をしたリリーフがいました。「あぁ可愛いなぁ」と感嘆して、いつもの綺麗目な格好をしたリリーフとのギャップに多少胸をときめかせました。

けれども、リリーフの背後には2人を迎え入れる集団が立っていました。

ーーーーーーーーーーあ、2人きりじゃないんだ。

ということは、デートのお誘いなんかじゃなかったのか…。落胆と「そうだよな、わかっていたよ」という苦渋の思いが胸のうちにせめぎ合いましたが、シャーフは無理矢理笑顔を浮かべました。

「みなさん! 私の会社の同僚のシャーフさんです!」

ーーーーーーーーーーーそうだよな、僕たちはただの同僚なんだよな…。期待して…バカみたいだよ。

良い大人なので、顔に落胆は決して見せませんでしたが、落ち込んだ気持ちはシャーフの雰囲気に妙に哀愁を漂わせています。ウサギのルースは気を利かせて、シャーフを励ますように言いました。

「初めまして。リリーフさんの近所に住んでいるルースです。この子はコルベ」

「おはようございます!」

コルベの元気な挨拶がシャーフの緊張をほぐしたのか、シャーフはいつもより穏やかな笑顔で微笑んで2人に挨拶し、コルベの頭を撫でてあげました。それからコウモリのバーギアとカラスのリーベがいつものように完結で、さっぱりとした自己紹介をして、ロロさんがいつもの穏やかな雰囲気で今回の集まりの趣旨を説明します。

「せっかくなので、11月の森をみんなで散歩をしようと思いまして。初対面の人たちも多くて、緊張するかもしれませんが、自然を楽しんでリラックスしてくださいね」

「あ、は、はい。ありがとうございます」リリーフが嬉しそうに「会社の同僚」と紹介するのを聞いてシャーフは改めて自分とリリーフの距離感を把握しました。

身軽な参加者たちに反してロロさんはたくさんの荷物を抱えています。ただ森を散歩するだけなのに、どうしてこんなに荷物を持っているんだろう?と、思いながらもシャーフは荷物持ちを買って出ました。

「何か持ちますよ」

「おや、気が効きますね。どこかの誰かさんたちとは似ても似つきません」

「オレたちは客人だろうが」と、カラスのリーベは言い返します。

「オレが荷物持ちに役立つように見えるかぁ?こんなかでイッチバン小せぇんだぞ」

「シャーフさんだけが頼りです、頼みました」

「は、はい…」

そうしてシャーフはロロさんの荷物を一つ渡されてそれを背負いました。肩ひもを掛けるとずっしりと重みが肩にのしかかります。

背後を振り返るとリリーフはウサギのルースと話し込んでいるようです。男が一人ーーしかも会社のただの同僚ーーが割り込んでいける雰囲気ではありません。

シャーフは仕方なくロロさんの背を追いかけました。



ーーーーー荷物なんて代わりに持つんじゃなかった…。

森のお散歩が始まって数時間。シャーフはすっかり汗だくになっていました。

森の道は大した起伏もなければ、歩くのが困難な獣道というわけでもありません。けれども普段引きこもっているシャーフには、荷物を持って完璧に補正されていない森の道を歩くのは、かなりの運動だったのです。

振り返れば、ルースとリリーフは後方でのんびりと歩いています。子どものコルベの足並みに合わせているので、成人男性の半分の速度で歩いています。先頭にはロロさん。その背後にリーベとシャーフ。シャーフたちとリリーフたちの間をコウモリのバーギアがのんびりと歩いているため、集団が完全に分断されることはありません。シャーフもバーギアのように、自分に合ったペースで歩けばいいだけの話ですが、なんとなく集団から遅れてしまうのが怖くてシャーフは焦ってロロさんの背を追いかけてしまうのです。

はぁはぁと、肩で息をしている自分に気がついてシャーフは「やっぱオレってかっこわるいな」と思いました。身の程知らずにも可愛いリリーフがデートに誘ってくれたのだと期待して。少しでもいいところを見せようと、荷物持ちを請け負ったが、今は体力不足で自然を楽しむ余裕もない。

シャーフは自分が情けなくて、嫌になりました。

それに、知らない人たちと一緒に森を歩いているこの状況も、心底嫌でした。

ーーーーーこんなことなら、家にいればよかった。

家にいても、ダラダラと寝巻きで過ごすだけで、日曜日の夜には必ず罪悪感と焦燥感でいっぱいになるのですが、それでもその方がマシだな、と考えながらトボトボと歩いていると、前を歩いていたカラスのリーベが振り返り、シャーフの顔をじっと見ていました。

「お兄さん。あんた、悩み事でもあんのか?」

「え?な、なんでですか?」

「さっきから、しきりにため息こぼしてるじゃないか、おおげさに煩わしいため息をな」

「え!!!」

まったくの無意識だったシャーフは指摘されて驚いています。思わず自分の口に手を当てていると、リーベがさらに訝しげな視線を投げかけてきます。

「リーベ。こういうものは、相手が話したくなるまで待ってあげるものですよ」

「とは言っても……あからさまに落ち込んだ面して、このまま放置するのも可哀想ってもんだろ」

リーベの言い方に若干傷つきながらも、シャーフは申し訳なさそうに肩を丸めました。視線を逸らして眉を八の字にさせるシャーフに、今度はリーベが罪悪感を感じて「ああもう!」と声を上げて、飛び上がりシャーフの頬を鉤爪できゅっと摘みました。

「同僚には話にくいこともあるだろうとおもって、せっかく距離をとってやってんだ。なんでも話せって言ってんだよ!」

シャーフは摘まれて痛む頬を撫でながら、リーベの言葉を聞いて目を丸くしました。背後のリリーフたちを見やり、目前のロロさんと居心地悪そうなリーベを見て、少し泣きそうにさえなりました。

「ロロさんなんか、無駄に歳だけは積んでるんだ。いい話が聞けると思うぜ」

「一言余計ですよ、リーベ」

「僕は、昔から要領が良くなくて…仕事もできなければ、人間関係もうまくいかなくて…。いつも一生懸命やってるんですけど、労力に対して結果が見合わなくて。でも、真面目でいい人っていうのが僕の唯一のいいところだから…。その努力をやめることもできないし…」

頑張っても、できない。

無理をしても、結果につながらない。

シャーフは、飲み会も接待も大嫌いでした。

カラオケで何か歌えと取引先の部長にマイクを押し付けられても「音痴だから、歌っても場を盛り下げてしまうので…」と、断って相手に「つまらんやつだ!」と、怒られてしまうは、挙げ句の果てには、直属の上司から「なんのために同席してんの? これも仕事だぞ」なんて、きつい説教を受ける始末です。

シャーフからすれば、それは自分なりの思いやりでした。そんな思慮深さや真面目さも、”その場のノリ”という強い流れには歯が立たないのです。

ーーーーーーーーーーーそれに、結局女子が選ぶのは、堅実で真面目でいいやつじゃない。

シャーフは耳も尻尾もぺたりと伏せて、後方のリリーフをもう一度見つめます。バーギアに追いついたリリーフたちが、バーギアと談笑しているのを見ていると余計に落ち込んでしまいます。

「真面目なだけが取り柄なのに、何もかも中途半端で……ぱっとしない自分のことが、本当に嫌になるんです」

「シャーフさんって、見た目通りの根暗なんだな」

「…リーベさん、ひどいです」

「正直ものですからね、言葉を選べないんです、彼は」

ロロさんの一言でさらに落ち込んだシャーフを、カラスのリーベは慰めるように羽先で背中を撫でてやりました。「ロロさんが一番ひでぇ」と、呆れてロロさんを見つめますが、ロロさんはわかっているのかわかっていないのか無表情で2人を見下ろしています。

「う、うううう。でも、僕も…僕だって…!誰かに愛されたいし、誰かに優しくされたい…」

「げっ!泣くなよ!」

シャーフはうなだれてポロポロと涙をこぼしました。

何もかもうまくいかなくて、ひとりぼっちの自分。生活のあらゆる面で失敗を重ねるたびに、シャーフはこのまま自分は独り身のまま死んじゃうのかな?と、恐怖を感じました。それはとてつもなく、怖い感覚だったのです。だから、ちょっとした女の子の言動に浮き沈みして、自分本位な妄想を繰り広げてしまったりして、自分の想像と異なる現実を目の当たりにすると、優しくしてくれた女の子に対して少しだけ憎めしいと思ってしまう。

ーーーーーーーーそういう自分が一番気持ち悪くて嫌いだ。

「顔あげろよ。せっかく自然を見にきてるんだからさ」

俯くシャーフの額をリーベが羽の先でこつんと叩くと、シャーフは鼻をぐずぐずさせながら顔をあげました。

そしてあまりの明るさに驚き涙が引っ込みました。

目の前には黄金の世界が広がっています。

「やっぱり今年は冷え込むのが遅かったので、いつもより紅葉が遅れていますね。見てください、シャーフさん。ブナ林ですよ」

「今年もきれいだなぁ」

黄色に染まった鮮やかなブナの葉が広がっています。

ブナの葉は太陽の光を反射して、森全体を明るくしているようにさえシャーフは感じました。どんぐりの実をつけたミズナラや、小さな真っ赤な葉を生やしたウルシの葉は真っ黄色なブナ林の中でも目を引きました。

シャーフはゆっくりと深呼吸をしました。

土の匂いのする空気はシャーフの体内のモヤモヤとしたものを、押し出すように勢いよく入り込みます。

「ちょっとは、気が晴れたか?」

「…たぶん」と、シャーフはブナ林を見つめながらリーベに返しました。

「まっ!かわいい女の子じゃなくて悪いが、オレはお前の生真面目なところ、嫌いじゃねェよ。」

「リーベさん・・・!」

「それに、そのとろいところがお前の”愛嬌”ってもんだろ。必死に隠そうとするから、カッコ悪いことになるんだろ」

「シャーフさんは、頑張りすぎですよ。ちょっとぐらいあなたが手を抜いても、誰も死にません。でもあなたがいっぱいいっぱいになって潰れてしまったら、悲しむ方がたくさんいますよ。私も悲しい。リーベなんて、涙に暮れるかもしれません」

「べつに泣かなねぇよ!」

ちょっとは、心配かもしれないけどな!と、リーベは言い返して、照れたようにわざとバサバサと音を立てて飛び上がりました。

「僕が仕事を突然やめても、誰も困らないんだよなぁ」

シャーフはそう独り言のように呟いて、足元に落ちていたドングリを拾い上げました。それは、綺麗なベレー帽を被った可愛らしいドングリです。

「え!困りますよ! シャーフさんが急にいなくなっちゃったら仕事が立ち行きません!」

「ええ!!」

振り返ればいつの間にか追いついていたリリーフたちが立っていました。

シャーフは照れて「ほ、ほんと!?」とうわずった声で確認し、それにリリーフは力強く「当たり前じゃないですか!」と返しました。



「いいころ合いですし、汗が乾いて冷えてもいけないので、チャイでも飲みますか」

少し開けた場所へ移動し、全員が追いついたところでロロさんが提案しました。

そして、ロロさんは持ってきた荷物をおろし、シャーフの荷物を受け取り、テキパキと焚き火を作り、大きなお鍋を火にかけました。そこでシャーフは自分が持っていた荷物が「牛乳」であることに気がつきました。

生姜、シナモン、カルダモン、クローブ、スターアニス、黒胡椒を水に入れ沸騰させ、紅茶葉を入れて煮出すと、牛乳を少しずつかき混ぜながら入れていきます。すると香ばしいスパイスの匂いがあたりに広がりました。

「美味しそうな匂いがする〜!」

ウサギの子、コルベがはしゃいだ声をあげて、ルースも「ほんとうねぇ」と優しく返事をしました。

一人一人にコップを手渡し、それぞれが持ち寄った昼食を広げると、そこはもう何かの宴のように華やかな場所になりました。

シャーフはルースの作ったサンドイッチを頬張り、ロロさんの作ったスパイスとハーブの効いたチャイをゆっくりと飲みました。チャイは体に入った瞬間、シャーフを温めてくれました。体の内側から温もりを感じて、シャーフは初めて肩の力が抜けたように感じました。

そんなシャーフを見てロロさんはクスリと、笑いました。

「体を動かして、だいぶん血液の循環がよくなったんじゃないですか? 今日は帰ったらきっとぐっすりですよ」

その言葉どおり、その晩シャーフは夢も見ないほどぐっすり眠ることができました。

同じように、リリーフもその日は冬の寒さに震えず、ベランダに出て頬を引き締める冷たい夜風にあたって美しい星空を眺めうっとりとしました。

Profile
森野きつね | Kitune Morino
絵本作家。
1997年兵庫生まれ。東京世田谷区在住。国際基督教大学卒業。パーソナライズ絵本制作をするSTUDIO BÜKI株式会社で絵本の企画を行なっている。いつか森の魔女になりたい。

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