vol.007　カモミールの手触り

『一杯の景色 TeaStory』　

007

カモミールの手触り

カモミールミルクティーをいれるとき、私はいつも少しだけ気持ちがゆるむ。ミルクを火にかけ、カップを温めて、カモミールの花がゆっくり開いていくのを眺める。その時間は、現実と夢のあいだにある細い通路みたいだと思う。どちらにも完全には属さない、でも確かにここにある時間。

眠りについて、私は長いあいだ考えてきた。眠るというのは、意識を手放すことだと思っていたけれど、最近は少し違う気がしている。眠りは、世界との関係をいったんやさしくほどく行為なのかもしれない。昼間、私たちはいろんなものと結びつきすぎている。

「言葉」や「約束」、
「役割」や「期待」。

夜になると、それらが少しずつほどけて、ただの自分に戻っていく。その入口に、カモミールミルクティーはちょうどいい。

蜂蜜をひとさじ落とす。白いミルクの中で、金色がゆっくりと溶けていく。その様子を見ていると、甘さは強さではなく、待つことなのだと思う。急がず、主張せず、でも確実に広がっていく。眠りも同じだ。無理に引きずり込もうとすると逃げてしまうけれど、静かに待っていると、いつのまにかこちらに来てくれる。

昔、畑に吹いていた風のことを、なぜかこのお茶を飲むたびに思い出す。土の匂いと、葉のこすれる音と、遠くで誰かが話している声。風は何も持たず、何も残さず、ただ通り過ぎていった。でもその感触だけは、身体の奥に残っている。眠りも風に似ている。朝になると形はなくなるけれど、通り過ぎた痕跡は、心を少し軽くしてくれる。

カモミールミルクティーを飲み終えるころ、世界は少し静かになっている。問題が解決したわけでも、悲しみが消えたわけでもない。それでも、眠りへ向かう準備は整っている。私は布団に入り、目を閉じる。畑を渡る風のように、眠りがそっとやってくる。その瞬間、今日という一日は、やさしく終わるのだと思う。