vol.006　細胞の深呼吸

『一杯の景色 TeaStory』　

006

細胞の深呼吸

朝の音もまだ眠っていて、窓のカーテンのすそがわずかに震えている、それくらいの気配だけが部屋にあって、私は目を覚ました。寝返りも打たずにしばらくそのままの姿勢で横たわっていると、自分がまっさらで、なに色にも染まっていない一滴の水みたいだった。

私は静かに起き上がった。キッチンに立ち、Blue Butterflyの茶葉に熱湯に落とす。藍を帯びた緑色がじわりと広がって、水の中に蝶が舞い降りたように、青く青く、でもどこか寂しげに染まっていく。私はそれを見ていた。まるで記憶の深いところにしまっていた場面が、黙って浮かび上がってくるみたいで。青色ってどうしてこんなに沁み入るんだろう、そんなことを考えながらカップを口に運ぶ。

一口目が喉を通ると、私の知覚も静かに動き始める。舌の上に広がる若草のようなシトラスの香りと、奥行きのある余韻が、肺の奥までゆっくり満ちていく。それはただの味じゃない、もっと奥の、もっと深い場所へと届いてくる。細胞の壁をノックするようにして、Blue Butterflyの成分たちは、少しずつ、だけど確実に私の中に染みこんでいく。

目をつぶると、ひとつひとつの細胞がふわりと呼吸しているのがわかる。それは光を待っていた細胞たちが、やっと自分の役目を思い出して、そっと目を開いた瞬間みたいだった。そして思考が、ゆっくりと、やわらかく、まるくなる。

Blue Butterflyという名のハーブティーが、私の体のなかで蝶になる。喉から胃へ、腸から血管へ、血管から細胞へ、細胞からまた内側の、もっと深い記憶のほうへと。そうやって身体の隅々に舞い降りて、まだ何色にも染まっていない、朝のわたしを、そっと撫でてくれるのだ。

それは、誰にも見せたことのない私のままでいられる、ほんとうの「始まり」のような時間だった。