カフェインと僕たちの小さな取引

この話をしようかどうか、少し迷った。というのも、コーヒーというものは、誰にとってもけっこう神聖な存在だからだ。たとえば、朝のコーヒーがなければ一日が始まらないと言う人は多いし（僕も目覚めのコーヒーは大好きだ）、午後の眠気に抗うための一杯がどれだけ救いになるかを語る人もいる。だから、コーヒーの悪口を言うようなことはできるだけ避けたい。とはいえ、話さないのも不誠実な気がするので、なるべく誰も傷つけない形で話してみようと思う。 そもそも、僕らはカフェインとちょっとした取引をしている。それは「疲れを感じる能力」と「即時の覚醒感」を交換するという契約だ。あまり意識していないかもしれないが、カフェインの本当の仕事は「疲れを取る」ことではなく、「疲れを感じにくくする」こと。つまり、体が「ちょっと限界かも」と伝えようとしているところに、「いやいや、まだいけるよ」と軽くウソをつく。その場では助かるけれど、あとでツケが回ってくるのは、おそらく誰もが経験しているだろう。 例えば、ある日、PCの前で締め切りに追われている僕がいる。もう目がしょぼしょぼして、頭も回らない。そんなとき、ブラックコーヒーを一口飲むと、視界が開ける。本当に目が冴えるのだ。仕事が進む。あともう少し頑張れる。でも、問題はその「もう少し」がどこまでも続いてしまうことにある。

カフェインの魔法とその代償

カフェインは素晴らしい魔法のようなものだ。だけど、魔法というものには、多くの場合、何かしらの「仕掛け」が隠されている。カフェインの場合、その「仕掛け」は「体が発する微細なシグナルへの感受性」を無視して、無理に働きを続けさせることだ。僕たちは、疲れというシグナルを受け取る力を少しずつ失いながら、それでも働き続ける。 この契約が長く続くとどうなるか。慢性的な疲労、浅い眠り、胃の調子の悪さ、そして「コーヒーを飲まないと何も始まらない」状態。そんな僕らを横目に、カフェインは涼しい顔をしている。彼に悪気はない。ただ僕らが、彼を必要以上に頼りすぎただけだ。 そして、ふと疑問が浮かぶ。「疲れを感じることは、そんなに悪いことなのだろうか？」

体の声に耳を傾けるという選択肢 

そんなことを考えていたとき、僕は、あるシンプルな考えに行き着いた。それは、「自分の身体が発する声に耳を傾ける」ことの大切さだ。 体はもともと驚くほど優れた自己治癒力を持っている。怪我をすれば傷を塞ぎ、眠れば疲れを癒し、食べれば栄養を吸収する。ところが、カフェインや過剰な刺激に頼りすぎると、その自己治癒力が働く余地を奪われる。疲れているときに無理やり覚醒するより、ちゃんと疲れを感じて、必要な休息を取るほうが、実は効率がいいのかもしれない。 では、カフェインをやめればすべて解決するのかというと、そんな単純な話ではない。そもそも、コーヒーを飲む時間そのものが、大切な「儀式」になっている人も多いからだ。だからこそ、僕が提案する“憩いの儀式”の一杯に「ハーブティーを選ぶ」という新しい選択肢は、なかなか面白いと思っている。

ハーブティーという小さな革命 

ハーブティーの魅力は、ただ「カフェインが入っていない」ってことだけではない。むしろ、カフェインの魔法とは別の形で、体をサポートしてくれる点が興味深い。 例えば、カモミールは心を落ち着かせ、ジンジャーは体を温め、ミントは頭をすっきりさせる。それらを選びながら、今日の自分の体調に向き合う時間を持つ。これは単なる「飲み物を選ぶ」という行為ではなく、「自分自身の状態を知る」ことにつながっている。 ハーブティーには即効性がない。カフェインのように「一瞬で目が覚める！」というわけではない。そんな乱暴な方法ではなく、穏やかに体に働きかけ、無理なく自己治癒力を引き出してくれる。その「遅さ」こそが、実は本当に必要なことなのかもしれない。

今の自分と対話する 

カフェインを全否定するつもりはない。たぶん、僕もこれからコーヒーを飲むだろう。ただ、「カフェインがなくても生きていける」という感覚は、持っておきたいと思うのだ。 僕らはつい、「もっと頑張らなきゃ」「もっと効率的に」と考えてしまう。でも、本当に大事なのは「もっと自分を大切にすること」かもしれない。 自分の体に耳を傾ける。自分が発するシグナルを無視しない。それは贅沢ではなく、必要なことだと思うのだ。 だから、次にコーヒーを飲むとき、ほんの少しだけ考えてみてほしい。「この一杯は、僕にとってどんな意味を持っているのか？」と。答えはそれぞれ違うかもしれない。でも、その問いを持つこと自体が、僕らにとっての小さな革命なのではないだろうか。